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【書評】山本直樹『BLUE』ー振り返ればそこにいるぼくら

山本直樹『BLUE』ー振り返ればそこにいるぼくら

 

俺はとなり町の郵便局員になった

飲み仲間もいるし

かわいいカノジョもできた

田舎暮らしもそんなに悪いもんじゃないよ

山本直樹『BLUE』「BLUE」より(太田出版2006.8)

私が引用した版

一番新しい版

はじめに 

最近、よく山本直樹の本を買って読んでいる。正直、これまでまともに読んできたことのなかった作家なのだけど、見事にハマってしまった。26歳になって山本直樹にはまるのか~と思っていたが、ハマるのはちょうどこれくらいの年なのかもしれない。という訳で、出世作『BLUE』について書いてゆきたいと思う。

 本題に入る前に、あとがきから引用。

この本は最初に出たとき東京都に有害図書指定を受け、絶版回収廃棄という処分になりました。

でもおもしろければそんなものは屁でもないんです。

山本直樹『BLUE』「あとがき」より (太田出版2006.8)

書評

※引用は特に記載のない限り山本直樹『BLUE』「BLUE」より(太田出版2006.8)

 

最近、やたらと山本直樹を読んでいる。作品の何に惹かれているのか分からないが、たくさん読んでいる。本屋で見つけては手に取り、「エッチなシーン多いなぁ、でも全然エッチな感じしないなぁ」等とちょっと垢ぬけた小学生のような感想を抱きながら自宅でだらだらと読みふけっている。

で、そんな山本直樹出世作(?)『BLUE』なんだけど、これがまたなんとも切ない。主人公の灰野とヒロインの丸谷が薬物使ってセックスをしているという話でその薬物の名前が「BLUE」。この「BLUE」という薬物は「青春」のメタファーとも読めて、灰野と丸谷は溶ける錠剤の如く刹那的にセックスを繰り返す。びっくりするくらい、エッチエッチの連続なのだ。

しかし、この「BLUE」はただエッチを繰り返すだけの「エロ本」ではない。思春期、高校時代の気怠さや反骨、欲求、暴力の断片が細部に至るまで細かに描かれている。情景や会話の間を上手く使って抒情を引きずり出している辺り、映画的と言ってもいいだろう。

あと、舞台が東京じゃないのもね、地方郊外出身の私にはグッとくる。成績優秀、スポーツ万能、コミュ力抜群のヒロインの丸谷は語る。

一生この町にうもれて暮らすなんてまっぴらだね

わたしこの町大嫌いヌルマ湯ん中いるみたい

どいつもこいつも善人ヅラしてさ

 灰野と丸谷はひたすら性行為を繰り返しているが、丸谷の相手は灰野だけではなく薬物の「BLUE」を持ってくる二人の先輩(地元の薬学部に通っている)とも関係を持っている。丸谷いわく、灰野も先輩たちも同じ「好き」なのであり、そこに差はない。けれど灰野は丸谷に「愛してる」なんて言ったりしては、丸谷に見当違いのことを言われて相手にされない。切ない。丸谷は飄々と、と言うか、どこか男たちを見下しているようでもある。けれど、そんな丸谷も一度だけ、真顔になる瞬間があり、それが以下のような場面だ。

「この不浄なイカナを抜け出し 誰も知らない東京めざしてこの道をどこまでも

南へ走ろう

ガソリンが切れたら二人で自販機こわして金を盗みガソリンを買おう。

このまま東京まで逃げてそこで二人貧しくともつつましく暮らそう」

「………冗談でしょ」

「冗談だよ…」

 

これは灰谷と丸谷がドライブ(先輩たちの車を勝手に借りて)をしている時の会話だ。この「冗談でしょ」のセリフを言う時、丸谷は作中で唯一「真顔」になる。この「冗談でしょ」は当然灰野の発言が本気であることを十分に含意した上での「冗談でしょ」(=本気だなんて言わないで)なのだが、ここで灰野が「冗談だよ」と返さず、本気だと言っていれば物語はどう進んだろうか。二人の戯れ(=「BLUE」を使った性交)は終わりを告げ、丸谷が灰野と逢瀬を重ねることはなかっただろう。

灰野が「冗談だよ」と言い、学生としての青春期を捨てて「二人貧しくともつつましく暮らそう」という「ただ二人の生活」に対する欲望を捨てたからこそ、丸谷は普段通り社内でキスをしてフェラチオをして灰野はその欲望を捨て(=射精)日常(=青春)へと還っていったのだ。

それから冒頭に引用したように灰野は地元(隣町の郵便局員として)に残り、丸谷は東京の大学へと進学した。灰野は「BLUE」の後遺症で時折過去の映像(丸谷や先輩たち)がフラッシュバックするようになってしまった。あらあら。まあでも、ぼくらもたまにフラッシュバックしたりしますよね。青春時代のぼくらを。

青春というものを、男子女子の両側面から書いた傑作なのではないかなと思ったのでした。

おわりに

 なんかくさいなぁ。本当は丸谷が真顔になった瞬間だけは、灰野のことを対等に見ていたと思いたいけど、それは儚い望みでしょう。

まぁ、山本直樹の『BLUE』には他にも面白い短編がたくさん収録されているので、皆さん是非読んでみてください。他の作品だと『ありがとう』を推しますが、それはまた別の機会に。あー眠い。仕事したくない。高校の頃には………帰りたくない。

ではでは

 

山本直樹『BLUE』

 

山本直樹『ありがとう』(上/下)