文芸ポップス

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【雑記】第159回芥川龍之介賞予想!

 

はじめに

ぼくの推しは、町屋良平の「しき」です!

最初に言っとかねば…

 

2018年7月18日、第159回芥川賞の選考会が開かれます。

日本文学振興会の公式HPによると、午後5時から築地・新喜楽で選考委員会は開催される、ということです。文学ファンとして、とても楽しみなイベントです。午後6時からは、ニコニコ生放送で選考会の生放送が行われます。

 

さて今回は、そんな芥川賞の予測をしていきたいと思います。

最近、悪い方向で賑やかな文学業界ですが、今回の芥川賞の選考にどのような影響を及ぼすんでしょうね~

 

ではまず、候補作の紹介から。

 

※掲載順は、日本文学復興会のHPによります。

 

第159回芥川賞候補作!

まず、芥川賞受賞作はどのようにして決定するのか、ということを簡単に示しておきます。上半期の候補選定は、前年の12月1日~5月31日までに文芸誌上に発表された文学作品の中から行われます。よって、下半期の選定は6月1日~11月30日の間に発表された作品、ということになりますね。最近は文芸誌以外にも、各文学新人賞(太宰治賞など)の受賞作が候補に挙がることもあります。現在では文学作家として認定される井伏鱒二梅崎春生直木賞を受賞しています。その時の作品や掲載された雑誌を元に選ばれる、ということですね。今回直木賞の候補作に選ばれた島本理生さんも、過去に数度、芥川賞の候補に選ばれています。

 

それでは、今回の候補作の紹介です!

 

1.小谷田奈月「風下の朱」(掲載誌『早稲田文学』初夏号 4月発売)

最初にご紹介するのは、古谷田奈月さんの「風下の朱」です。

 

古谷田さんは2013年度に日本ファンタジーノベル大賞を受賞してデビューされました。今年でデビュー5年目になります。2017年度には織田作之助賞を受賞し、2018年には三島由紀夫賞を受賞しました。ここで芥川賞を受賞すれば、その勢いは一層増すことになるでしょう。掲載された『早稲田文学』初夏号の表紙の右端に写っているのが古谷田さんですね。

 

では、簡単にあらすじを

あらすじ

「風下の朱」は大学1年生の女の子を視点として展開されます。女の子は入学後まもなく、部員3名の野球部に勧誘されます。野球部の部長に勧誘されたのは「健康だから」という理由です。が、その「健康」は一般的な「健康」ではありません。部長は女性の「生理」を「病気」と呼んで遠ざけます。主人公は部長に惹かれていくのですが、それに比例して以前より在籍していた2人の部員は部長から遠ざかり疎遠になっていきます。

主人公は徐々に不思議な魅力を放つ部長に惹かれていくのですが、「ある事件」に際し、少しの溝が生まれます。その後部長にも「生理」が訪れ、その傾倒も徐々に薄れていきます。物語の終盤、部長と主人公はソフト部の部長(「病気」)に誘われるのですが、部長は一言も発することなくその場を去り主人公の元を去っていくのでした。主人公も、その後を追うことをしません。

感想

一読しただけなので、ちょっと雑なあらすじ&感想になってしまいますが、文章が凛としていて濁りのない闊達とした印象を受けました。初、古谷田作品です。

 

「生理」を「病気」として嫌悪する部長ですが、女性性を嫌悪している訳ではありません。「部長は男になりたい訳ではない」という主人公のセリフからもうかがえます。ではなぜ、「病気」(=「生理」)を遠ざけ嫌悪するのか。

 

部長は生理によって流れる血を「汚れた血」(だったはず)と言っています。部長は「生理」を、自分の意志とは関係なく、「健康」な状態ではなくなる現象であると捉えています。しかし、他の登場人物は部長の言う「病気」を受け止めて、ごく普通に生活しています。「女性」が持つ現象として当然の機能だからです。痛みが伴う訳でも周期的にに訪れるわけでもありませんが、男性が持つ機能である「射精」の同じレベルに並べていいかもしれません。

 

部長は「生理」を受け入れることのできない自身が「健康」であり「病気」である

「生理」受け入れる女たちのことを「病気」と呼んでいるのです。彼女は女性性というよりも「性」そのものを嫌悪しているといえるでしょう。

 

作中に登場するソフト部のキャプテンは、そのところを充分に考えたメニューや気遣いをしています。「生理」を「病気」だとする部長には、「病気」を前提にしている彼女たちが我慢ならないのです。

 

終盤、ソフト部のキャプテンが部長を諭しに来ますが、部長は応じません。「性」というものへと終わりなき問を自身に孕んだまま、消えてゆくのです。

2.高橋弘希送り火」(『文学界』5月号)

次に紹介するのは、高橋弘希さんの「送り火」です。

 

高橋さんは、2014年に新潮新人賞を受賞してデビューします。硬質な文体が特徴的です。2017年には、『日曜日の人々』で野間新人文芸賞を受賞しています。今回「送り火」で芥川賞を逃したとしても、単行本化された際には三島由紀夫賞を受賞されるかもしれないですね。少なくとも、候補には挙げられるでしょう。完成度の高い作品です。

あらすじ

東京から青森の田舎に転校した15歳の「少年」は、転校早々、町の「いじめっ子」である男の子と仲良くなります。クラスの男子は少なく、「いじめっ子」と距離を取るのが難しいと判断した「少年」は、この町で問題を起こすことなく過ごすとを胸に決め、日々をなんなくやり過ごします。

 

倒錯した「いじめっ子」は辛辣ないじめばかりしていますが、普段自分がいじめている「いじめられっ子」に対して時折かばうような仕草を見せたりと、転校してきた「少年」は「いじめっ子」のことをうまく掴むことが出来ません。

 

そんなある日、先輩に呼び出されたクラスの男の子たちは、先輩から手ひどい仕打ちを受けます。そこで明らかになったのは、「いじめっ子」の男の子は、実は昔先輩からいじめのターゲットにされていた、ということ。

 

な~んだ、あいつはただの弱くて自分のされたことを人にしてしまうようないじめられっ子な「いじめっ子」だったのか、と「少年」が思ったのもつかの間、「少年」は肉切り包丁を持った「いじめられっ子」に襲われるではありませんか。

 

「君を普段いじめている彼はもう逃げてしまったよ」という「少年」でしたが「いじめられっ子」が一番ムカついていたのは「いじめっ子」ではなく「少年」だったのです。

感想

送り火」の舞台は著者の出身地でもある青森県の田舎です。以前芥川賞候補になった際、選考委員である島田雅彦さんに「高橋には私小説を書けといいたい」と書いてましたが、まあこれが私小説である、という訳ではないでしょう(笑)

3.北条裕子「美しい顔」(『群像』5月号)

続いて、北条裕子さんの「美しい顔」です。今回、最も反響を呼んだ一作ですね。

 

北条さんは、2018年に群像新人小説賞を受賞してデビューしています。今回候補になった「新しい顔」がデビュー作となりました。この作品、テクストだけを読んでいくと、とても優れた、面白い作品なのですね。日本近現代文学研究者の日比嘉高さんも文学界の新人小説月評の中で、「2018年度上半期で最も優れた小説」と、大体そのようなことを仰っています。

 

が、本作実は少しの問題を孕んでいたのです。作者も言うように本作は東日本大震災の被災地を舞台として描かれています。その際、幾つか参考にしていた書籍を参考文献として付していなかったため、その類似が指摘され「盗作」であると言われ始めたのです。詳細はここでは省きますが、ご興味のある方は、以下のリンクをご覧になってみてください。

 

前述の日比先生の論考です。先生の文章の一番下に、参考リンクも添えられていますので、そちらもご覧になってみてください。

 

(1)著者・北条裕子氏による謝罪

http://www.kodansha.co.jp/upload/pr.kodansha.co.jp/files/pdf/2018/20180709_gunzo_comment.pdf

(2)作品本文

http://book-sp.kodansha.co.jp/pdf/20180704_utsukushiikao.pdf

 

(3)参考文献著の一つである「3.11慟哭の記録」の筆者、金菱清氏(東北学院大学教員)の「美しい顔」に対する見解

shin-yo-sha.cocolog-nifty.com

 

(4)本件に関する論考―日比嘉高氏(名古屋大学教員)

※下記リンクのページの最下部に日比先生が参考リンクを作成しておりますので、興味を持たれた方は、そちらもご覧になってみてください。

hibi.hatenadiary.jp

あらすじ

津波の被害にあった高校生の「姉」と小学生の「弟」。2人は同じ体育館に避難して生活をして、行方不明の母親を探している。ところが一向に見つからない。そんな折、2人の避難する体育館にマスコミの取材が入ります。「姉」はマスコミの期待する「被災した女子高生」像を演じ、注目を浴び、ある種のスター性を意図的に身にまといます。マスコミの「期待」に答える「役者」である「姉」の元には、ひっきりなしに取材が入ります。「かわいそうが欲しいなら売ってやる」という精神で「姉」はマスコミの希望する「被災者」を演じています。が、実際に母の死に面して、彼女はゆらぎます。それでも、「マスコミ」の「ほしいもの」を与えようとする彼女に対して、知り合いの「おばさん」が「姉」を諭します。「あなたはマスコミを馬鹿にしているようで、自分を馬鹿にしているのよ」と。そうして「姉」は現実を見つめ「日常と戦う覚悟」をするのでした。

 

感想

「美しい顔」の参考文献を、きちんと読んでみようと思いますね。もしかしたら(というか、間違いなく)参考文献を読んだら印象が変わることもあるでしょうが、この作品を書いた北条さんの次作を読みたい、混じり気のない作品を読みたいとは「美しい顔」を読んだ多くの方が抱いた感想だったのではないでしょうか。

発覚前に2回、発覚後に1回、計3回も本作を読んだのですが、2回目で私は不覚にも涙してしまいました。それだけ、感情を揺さぶられた、ということだけは記しておきたいと思います。

 

「参考文献」として挙げられた作品を読んでいないので、美しい顔に関しては、単行本化された際にでも、またきちんとした作品論を作りたいと思います。

4.町屋良平「しき」(『文藝』夏号)

町屋良平さんの「しき」。今回の芥川賞は本作でないかと思っています。

 

町屋さんは2016年に「青が破れる」で文藝賞を受賞してデビューされました。本作が4作目の作品です。

あらすじ

主要人物である「少年」はある時ダンスにはまり夜の公園での練習を始めます。そのことを転校生である友人の「草野」と練習を共にするようになります。ダンスの練習に励みながらも、好きな女の子が気になったり、母親と反抗期の弟の関係に悶々としたりとして日々を過ごすのですが、ある時「少年」の「河原の友だち」(多分学校にも行っていないし、両親もいない)が自分の子どもを堕胎させた、という話を聞きます。ここで、「少年」のリズムが崩れ、ダンスの練習も中止します。

それから、少し経って落ち着いた頃に「河原の友人」と半年ぶり(すみません、うろ覚えです)に再開し、実は「子どもは生まれ」「仕事も出来て」「彼女の家で面倒を見てもらっている」という話を打ち明けられます。が、「少年」はそれを「河原の友人」の「嘘」であると見抜きます。少なくとも、すべてが本当の話ではない、と。

そうして、いろんなことがなるようになり、ダンスの練習も終わりを迎え、ニコニコ動画に「踊ってみた動画」をアップします。自信満々にあげた2人でしたが「下手」というコメントが多く流れてきます。けれどその中に、「下手だけど、なんか泣けてくる」というコメントが見つかります。そしてその動画を見た「女の子」(「少年」の思い人)もまた「へたくそ」と言いながら、涙したのでした。

 

感想

物語は2人称(「かれ」)で展開されます。「かれ」とは、ダンスに熱中する主要人物である「少年」です。場面人物は、映画のショットの如くなんども切り替わります。それが、なんとも絶妙にうまいんですね。「少年」が不調な状態のときに、「一方そのころ」とでも言わんばかりに他のキャラクターが活き活きとしたりしています。

細部に細かいたくらみや、著者が新たに獲得したエクリチュール(その人の文体のモード)を見出すことも出来そうですが、本書で最も評価すべきは、そこに描かれた少年少女の感情の機微でしょう。聞きたいことをうまく聞けなかったり、悶々した感情を言葉で表さず身体でもって表現したり!少年少女の微笑ましくもどこか懐かしい群像劇が繰り広げられているのです。言葉と裏腹に涙したり…。テクストとして解析していく面白さも、青春小説として映画のように楽しむのもアリな一作ですね。

5.松尾スズキ「もう「はい」としか言えない」(『文学界』3月号)

最後に、劇作家として有名な松尾スズキさんの「もう「はい」としか言えない」です。今回の候補作の中では、ぼくの好みに最も近かった作品です。

 

群像の創作合評で江南亜美子さんが大絶賛していた一品です。

あらすじ

50代の劇作家(松尾スズキを彷彿とさせる)の男の2年にも及ぶ浮気が妻にばてしまいます。しかし、どうやら事態はもっと悪い。男のそれ以前の浮気までもが妻にばれているというのです。許してほしければ私の条件をのめ、と妻は言います。①1時間おきに写真をとって送ること②毎日自分(妻)とセックスすること。③仕事場(不倫現場)の解約。この3つをのまない限り、離婚をする。男はバツイチで、一人のつらさを知っているので浮気はしたくない。妻の条件をのみます。それとは別に、男にある賞が授与されます。それは「世界で最も自由な人間に与えられる賞」です。

賞をもらいに、フランスへ行くのですが、そこで待ち受けていたのは、自殺を望む老人。死こそ最大の自由と考える彼は、「世界で最も自由な人間」から自由へと向かう切符を手に入れようとしていたのでした。

 

感想

この小説は、盛りだくさんです。「何を適当なことを」と思うかもしれませんが、「毎日私とセックスする」「1時間ごとに自撮り写真を送る」という条件を突き付けられた夫、という点で既に面白いのですが、その最初の展開は、作中においては一見全く作品に影響を及ぼさないのです。最後、男は妻のことを思ってフランスへ帰るのですが、登場するキャラの濃いこと濃いこと。普通に読んで面白い、というのもまた、演劇出身の松尾さんらしい作品の作り方です。この作品に関しても、後日まとめ直します。

 

 

予想!

1.町屋良平「しき」

2.受賞作なし!

 

大穴.北条裕子「美しい顔」/町屋良平「しき」 W受賞

 

私の予想は大体、こういったものになりました。

「しき」に△はつけれど、積極的に✖をつける選考委員はいないでしょう。2人称小説としては珍しく成功している小説でありながら、青春小説としても、10代のなんともいえない倦怠感やうまくいかない恋愛、葛藤や自意識を緻密に描かれていて、名作です。

 

「美しい顔」については盗作疑惑が持ち上がらなければ、まあ、受賞していた可能性は限りなく高かったと思われます。仮に今回受賞したとしても、北条さんが受賞を拒否する可能性はゼロではないでしょう。

 

あと、これも勝手な予想ですが、選考委員を代表して選評を読み上げるのは、川上弘美さんかと。特に理由もないですが、なんとなく(笑)

 

島田ファンとしては、そろそろ島田さんが登壇するのも見たいですが、今回ではないですね。

 

まあ、なんにせよ、楽しみでなりません!

祝い酒(やけ酒?)も買ったし仕事も終わった!今日の結果を待ちましょう!